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親ばか、過保護、過干渉

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子育てというのはほんとうに難しい。

ただ勉強ができるようにするだけではなく、運動神経を磨くだけではなく、
社会性も年齢相応に成長してもらわなければ、一般社会では通用しない人間になってしまう。


家庭で家族からちやほやされて、それが当たり前になっている子供、
そのまんま学校で同じように立ち振る舞うとどういう事になるか、
そこらあたりまで考えて子供と向かい合っている親御さんはどのくらいいるのだろう。

本人にしてみれば当たり前のことで、悪気も何もなくても、
まわりからみれば、
「なによっ、あの子」
ということもしばしばある。

で、その子の親を見ると、大抵の場合、似たような振る舞いになっている。
つまり、親も自分でも気づいていないから、子供もそれが当たり前になっている。

小学生、中学生のころであれば、
だれかが忠言してくれるかもしれない。
また、いじめという形で気付かされるかもしれない。

だが、そういうご家庭は、悪気はないわけだから、
いじめにあっても、相手が悪いとしか考えられない。


もちろん、いじめはいじめる方が悪いのだが、
何でもない子をいじめることはめったに無い。
何かしら原因になることがあるはずだ。
(といっても、いじめて良いという原因ではない)

そこで、自分の行動に気づくことが出来ればまだ良いのだが、
そのまま高校、それも進学校などに行ってしまうと、
だれも忠言もしてくれないし、自分可愛さでいじめもない。
だから、ますますその傾向は顕著になっていく。

「なによっ、あの子」
と思っても、関わり合いにならないようにするだけだ。
こういう子がオトナになると始末が悪い。
自分に非はないと思っているのに、まわりの対応のおかしさに気づくと、
自分は正しいと思っているのだから、
「私の周りの人、おかしい。」
と思って、自分から相手を拒否したりする。
または、勉強のできる子、高学歴の子であれば、
「あんな馬鹿な連中とはつきあえない」
と思うようになっていく。

こうして、人間の社会性が形成されてしまうと、それはもうそれそのものになってしまって、
もはや、何がどう違うのかすら分からなくなる。


多かれ少なかれ、人は皆育つ環境が違うのだから、仕方のないことだし、
いろいろな人がいるからこそ面白いのだが、
いわゆる「イタイ大人」に自分の子をしたいと思う親はいないのだ。


我家を考えてみると、
私自身はわが子たちに、いわゆるエリート教育などより、
人間的自立を一番に考えてきた。
現時点では、ちょっと「堅物」になってしまった感はあるが、
なんとか一人暮らしの中でも、周りと上手くやっているようだ。


いや、わたしも、自分のことは自分でみえていないかもしれないが。



なんか、変な文脈になってしまったが、
ちょっと考えさせられる出来事があったので、思ったままに書いてみた。









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写真提供:hana http://hana-photography.com
e-onkyo 向谷実×中西圭三プロジェクト








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