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技術の伝承

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何を隠そう、うちはバネ屋である。いや、隠してはいないけれども。

昨日も書いたが、若い頃はコンピュータにどっぷりハマり、
家業を継ぐなんて考えたくはなかった。

なにせ、図工、技術の類は大嫌いで、プラモデルもあまり作ったことはなく、
夏休みの工作が地獄で、

「夏休みなんて無ければいいのに」と思っていた。



子どもの頃は、サッカー選手になりたいとか、警察官になりたいとか、
高校、大学になると、コンピュータ関連とか、ミュージシャンとか、
いろいろ考えたが、結局、頭のどこかに

「でも、最後にはうち継がなくちゃいけないんだろうな・・・」

という思いがあった。

うちの親父のおじさんは、戦前はかなり大きなバネ屋で、
一族郎党、みなそこ、もしくはそこ系列で修行して、東京を中心に独立していった。
うちの親父もその一人で、独立するときに、
東京では、身内が多すぎて動きが取れないから、と、私の母親の親戚がいた栃木に引っ越してきた。
私が4歳の時だ。

それ以降、いつも家で仕事している親の姿を否が応でも見て育ち、
その苦労を間近で見ていると、他の職業にはなかなか就けない。

しかも、小さいときから何かと手伝って(手伝わされて)きたから、
工作嫌いで、不器用な私でも、バネに関する仕事のコツというか、原理、理論というモノを肌で感じることができた。
これは、ある種の英才教育と似たようなもので、
物心ついたときから、バネの材料の弾性というか、スプリングバックの特徴や、
曲げるときの変形具合、へたりの特徴などを身を持って体験しておくと、
いざ、大人になってちゃんとしたモノを作るときに、体で覚えているモノで。

まぁ、こう書くと簡単そうに感じるかもしれないが、
そこに至るまでの工夫というか、そういうものはたぶん簡単ではなかったと思う。
しかもうちの親父は教え方が下手で、
親父の説明を聞くよりも、親父のやっているところを見て盗んだ方がコツをつかみやすかった。

おっと、また回顧録になっちまった。

我々のような技術職は、教わる、習う、よりも、

感じる

ことが一番大切で、その感じ方を磨いていくことが技術を磨くことだと思う。
これはバネ屋に限ったことではなく、他の技術職でも言えることだろう。

図面があり、公差があって、失敗すれば不良品として使い物にならない。
言い訳したり、誤魔化したりすることのできない仕事だからこそ、
日本の高度成長を支えたのであり、ある種、侍、武士道にも繋がると思う。

というわけで、あなたのお子さんもバネ屋さんにしてみませんか?

関係ないけれども、今日の夕方の岩船山


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写真提供:hana http://hana-photography.com
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